優しい闇
この姿を映す瞳が。
名を呼ぶその声が。
不意に触れる、その手が。
胸を焦がす対象だと。
そう気づいたのは、ずっとずっと昔。
身を寄せると、抱き返してくれるその腕に甘える。
この温もりが決して裏切る事は無い事を知って、もう随分経つ。
「…兄君」
「…ん?」
「眠れません」
呟いて、首筋に口づけを落とした。
「…俺は眠い」
「狡いです」
司馬昭が拗ねたような声色で紡いで、そのまま口唇を鎖骨へと滑らせる。
強めに口づけて、仄かな紅を残した。
「…何だそれは…」
「一人だけ安眠なんて、狡いですよ。…眠れるようにしてください」
遠まわしに誘う言葉に、司馬師が気付かない筈もなく。
浅いため息が司馬昭の頭上で聞こえた。
「否と答えても無駄だろう」
「嫌ですか?」
「…お前が我儘なのは、充分理解している」
「兄君に甘やかされて育ちましたから」
微かに笑んでそう言うと、何かを思案するような沈黙。
「…俺の所為か」
「はい」
甘すぎる程に甘やかされて育ってきた。
今だって、甘やかされているから。
彼が、拒む事は無い事を知っている。