「贈り物?」
 前触れもなく何が欲しいと尋ねられて、孫静は数回瞬きを繰り返した。
 特に何かの記念日というわけでもなく、贈り物をされる理由が見当たらない。ぽかんと口を開けて返答に窮している彼を見て、孫堅は苦笑した。
「すまない、急きすぎた」
 とりあえず座れと椅子を勧めた孫堅が、目の前に積まれていた書を強引に机の隅へと押しやった。机を挟んで向かい合う形になった孫静との視界を、遮るものはなにもない。
 日が暮れかけた柔らかな橙が室内を鮮やかに染めてゆく。
「兄様、それは本日中の・・・」
「かたいことを言うな」
 言いかけた言葉を制されて、追加仕事となる持ってきた木簡すらも強引に奪い取られて隅の書の上に積まれた。こうなったらこの兄は、気が向くまでもう仕事に見向きもしないだろう。
 仕事に気が向く為のひとつのきっかけは孫静が先の問いに答えることなのだろうが、やはり質問の意図が全く見えないこの状況では答えようがない。無言のまま視線で問いかけてみれば、いつになく優しく揺れる兄の瞳が笑みを作った。
 クリスマスというものがあるらしい。
 聞き慣れない言葉に異国の香りを感じれば、その通りだと返答された。詳しい話は省くと言った孫堅からの説明は、とにかくその日に大切な誰かへ贈り物をするという端的なものだった。
 行事そのものの意図が理解出来ないけれど、ただひとつ感じたのは兄が自分を大切に想ってくれること。
 きっと息子達にも何かしら用意はしてあるのだろう。孫策達からそういった話を聞かないのは、彼らへの贈り物は秘密で用意してあるからに違いない。
「何故、そんなことを尋ねられるのです?」
 何が欲しいのかと訊いてくれることは嬉しい。けれど秘密にして、自分のために選んでくれたものを贈られる驚きもまた甘酸っぱい喜びを感じることが出来る。
 どちらがいいとは言えないけれど。
「考えたのだがな」
 苦笑して孫堅は机の上で組んだ腕に顎を預けた。ほんの少し傾げられた瞳に吸い込まれそうで、孫静は早く彼が次の言葉を発さないかと戸惑った。
「その日が今日なのだ」
 真っ直ぐに。
「思いつかなかった」
 隠すことなく。
「お前は自分の欲を主張することがないから」
 素直な心をぶつけてくれるこの人に。
「察してやれなくてすまん」
 この気持ちを伝えて良いのなら。
「兄様」
 許されない想いであろうと。
「あの・・・」
 焦がれ続けたこの気持ちは誰より強いと信じている。
「欲しいものがひとつだけあります」
 誰にも負けない自信がある。
「たったひとつ・・・」
 身を乗り出して耳元に唇を寄せて、そっと囁く。
 言葉が途切れた後の一瞬の間は、孫堅の気持ちなのか。
 正か負か、どちらに転ぼうと後悔はしないと孫静は息をつく。未だ耳元に寄せたままの唇で、謝罪を紡ごうかと思ったその時。
「それは私の解釈でよいのだな?」
 孫堅の手が、細い髪を梳くように触れた。骨張った長い指で結い紐を引っ張れば、孫静の長い髪が背に流れる。
 緩く髪を引っ張られ、逆らわず身を引けば孫堅の深い瞳とぶつかった。
 また、それに飲まれる。
「・・・静」
 大きな手がそっと孫静の頭を撫でて、そのままゆっくりと引き寄せた。
 身を任せて瞳を閉じれば、訪れるのは微かな温もり。
 震えているのは望んだ自分の方なのかと心中で苦笑して、その優しい感覚に酔いたいと孫静は手を持ち上げた。
 躊躇いがちに孫堅の頬に触れれば、引き寄せられていた頭を強く押さえつけられる。
 この息苦しさすら心地良くて。
 一度離れた唇が再び重なり合うのにもう震えはしなかった。
 酔狂だなんて言わせない。
 この人が好きだから。
「・・・机が邪魔だ」
 ほんの少し顔を離して言った孫堅にくすりと笑って、孫静は机へと乗り上げた。
 孫堅よりも目線が高くなり、見下ろす形になると髪がさらりと揺れて孫堅を包む。
「許せ、静」
 笑んだ孫堅の声が微かに掠れていて。
「これでは私が贈り物をもらうことになる」
 妙なくすぐったさに頬に添えた手で孫堅の髪を掬った。
「贈り物は、一度だけなれば」
「許されようか」
 一時、ほんの一時でいいのだと。


 ねえ兄様。
 甘いものが、欲しいのです。

 









激ラブサイトさま、「ほやほや日和」の赤月さんからのクリスマスプレゼントです!
うっかり軽く涙腺緩みました。もうそれ嬉しかったのです…!
こんなに一杯素敵なものばかりいただいていて、何もお返しできていない現状が…本当にすみません…!!
ほんとにもう!孫静可愛いし兄様素敵だし!!
萌え死にそうです本当に…!
ありがとうございました〜!