逃避行

月の光を取り込んだ江は、流動状の光が流れている錯覚さえ起こさせた。
人目を憚って繰り返す逢瀬は、幸せも喜びも、せつなさや苦しみも生み出すものだと。
身をもって知って、時々ひどく辛くなる。

「あなたが、国の将来を担っていなければ攫って逃げたのに」
ぎゅっときつく抱きしめたまま、羊祜が呟く。
「名も国も、全て棄てたら…何処まで連れて行ってくれますか?」
「何処まででも。…二人で幸せに暮らせる処に」
「…棄ててしまいましょうか」
お互い、本心からの言葉だと、痛いほどに解っている。
だからこそ。
「幼節どの程の綺麗な方なら、顔で素性が知れそうですけどね」
「私の顔など、この辺りにしか知れておりません」
軽く笑って冗談めかした。
どちらかが頷けば簡単に決まってしまう事は。
あまりにも重大すぎる問題で。

「…今すぐにとはいかないでしょうから…まずは」
「はい?」
「果物でも採りに、これから南まで出かけましょうか」
国を棄てる覚悟はその後にでも出来ます、と付け足して。
「…連れて行ってください」
陸抗が、微笑んで囁く。
ただ、二人でいる事が出来れば。
それだけで幸せなのに。






ハッピーバレンタインです!
どうしても暗くなりがちですね。すみません…。
この後のお話は、皆様のご想像にお任せします。

素敵なバレンタインをお過ごしください!!

2007.02.14