「明るい月ですね」 突然後ろから掛けられた声に、ふと目線だけを向けた。 「…こんな時間に散歩でも?」 「月が見たくなりまして」 目線を向けられた魯粛が微笑んでそう言うと、歩を進めて諸葛瑾の隣へ佇む。 涼しい風を捉えて、魯粛の長めの髪が揺れた。 「それなら、他の場所をお薦めしますけどね」 「随分すげない言葉ですね」 「此処まで来る必要なんてないんじゃないですかねぇ?」 月を見るだけなら、と言外に告げられる。 空を仰ぐも、風でざわめく木々が少々煩い。 確かに、月を見るのに最適とは言い難い場所ではある。 「…あなたを見つけたので来てしまいました、と言えば信じていただけますか?」 「さてねぇ…。理由が思い浮かばないもので」 「……あなたに触れたかったから、では理由になりませんか」 僅か考える素振りをした魯粛が、そう告げて。 諸葛瑾の髪を手に取り、そっと口唇を寄せた。 「…月に中てられたんじゃないのかい?おあにいさん」 先刻とは一転、諸葛瑾は口調をいつもの調子へと変えて。 いっそ、優しささえ感じさせる声色で呟くと。 不自然さを全く感じさせない素振りで、距離を保つ。 「…月の所為にはしたくないものです」 飄々としているようで。 その実、退く事を知らない堅固な色すら持っている、掴み所の無い笑顔で告げる言葉は敢えて取り合わず。 「…どうぞ、ごゆっくり」 諸葛瑾は、軽い動作で身を翻して来た道を戻る。 その後姿を見送って。 魯粛が改めて空を見上げた。 「…参りましたね…本気で」 溺れそうです、と。 明るく照らす月に、そっと呟いた。 |