新しい季節へ

 

じりじりと灼けはじめた太陽。

室内に居てもしっかりと感じる、

次の季節の始まりを感じさせる天気に思わずため息をつく。

憂鬱なわけではない。どちらかといえば清々しいほどだ。

けれど、灼ける程の暑さはあまり歓迎できないと。

陳羣はいつも運ぶ量の五割増しほどの竹簡を抱えながら考える。

きっと、外は肌を刺すような可視光線で。

そんな事を思いながら開放されていた窓から空を仰いだ。

瞬間。

最近の寝不足が祟ったのだろう。

あまりに強い太陽の光に軽い眩暈を覚える。

「っ…」

不覚にも足元が危うげになるのと、

均衡のとれなくなった竹簡が崩れて落ちようとするのが一緒だった。

「大丈夫ですか?」

不意に。

床に散らばる大きな音を覚悟して首を竦めた陳羣の。

その耳に届いたのは竹簡の耳障りな音ではなく、柔らかい男の声。

「え…」

首を竦めると同時に閉じた瞳を開くと、

崩れそうな竹簡を支える手が目に入る。

そのままその綺麗な手の主を辿って。

背後に顔ごと視線をやると、行き着いたのは意外な人物だった。

「…奉孝、殿…」

思わず、呟きが洩れる。

「…少し持ちます」

微苦笑した郭嘉は陳羣の返事も待たずに、

崩れかけた竹簡の山から半分ほどを持ち上げた。

「ありがとうございます…」

余計なお世話だと言われることを覚悟しての行動だったのだが。

意外にも素直な感謝の言葉に今度は郭嘉が驚かされる番だった。

「嫌がるかと思いましたよ」

並んで歩き、呟くと。

「…助かりました」

ありがとうございます、と再度、丁寧に礼を述べて。

「…笑わないんですね」

陳羣が、逆に問い返す。

「…体調が悪そうでしたから」

「…至って、健康ですが」

言い当てられて、どきりとした。

表面上はきちんと取り繕っているはずだ。

具合の悪さなんて微塵も見せていないはずなのに。

「夜眠れないなら、昼間寝てしまえば良いんですよ」

「…何故ご存知でいらっしゃる…」

ここまで知られていると、驚きを通り越して怪訝に感じる。

けれど、陳羣が問うものの。

「さぁ?」

軽く流されるだけで。

「…執務中に眠るなんてとんでもありません。…貴方じゃないのですから」

「これからの季節、絶好の昼寝場所があるんですよ」

「ですから。仕事をしてください」

「息抜きだって必要ですよ、長文殿」

決着のつかない言い争いはいつもの事で。

けれど。

そんなやりとりを少しだけ…本当に少しだけ楽しんでいる自分がいる事を。

心に秘めたままの彼と。

気付いていない彼。



まだ、心の移り行きを知らない頃の、話。